書評『安定した咬み合わせを作るための ゴシックアーチ描記法』永田省藏

HYORON Book Review - 2019/09/06



レビュアー/永田省藏
(熊本県熊本市/医療法人永田歯科クリニック)

最適な入門書であり,専門書

 今回,鈴木 尚先生と森本達也先生の共著による本書が出版されたことを耳にし,届くのを大変心待ちにしていた.両先生には以前から,書物を通して,あるいは臨床歯科を語る会などを通して,咬合に関することを教わってきた.タイトルからも,より臨床色の濃い内容だろうと想像していたが,当初の期待をはるかに超えるものであった.

 変遷を重ねてきた咬合という部門では,一般には語句や理論の解説に偏った内容の本が多いものだが,本書では,解りやすい解説を伴った臨床写真から,実際に著者の傍で臨床を見学しながら学んでいるように感じる.その点では,これから手がける方への最適な入門書であり,反面,内容のレベルの高さでは,これまでゴシックアーチ描記法(以下,Go-A に略)の経験を踏みながらも,解決しない迷いを持つ私のような臨床家に解決の糸口を与えてくれる専門書でもある.

的確な考察と解説,臨床ヒント

 まず,“どんな時に,何のためにGo-A を使うのか?”という誰もが一度は疑問に思ったことのある命題に,臨床的な言葉と画像でその意味を紐解いていただいている.目で見る咬頭嵌合位が失われた場合,何を指標に,どのように下顎位を求めるか? 臨床で遭遇する欠損の状況から下顎位の捉え方を学び,Go-Aの適用について理解しやすく図説されている.

 そして,この著書の一番の特徴が“口腔内の観察”である.下顎位の異変を引き起こした原因をどのような診査や考え方の道筋を持って解明していくのか,画像を見て理解しながら,著者の思考に近づいていける.特に,下顎位の見方は臨床での教科書にはなり得ないものが多い中,本書では異常となる原因とその現れ方の因果関係が的確な考察で解説されている.

 次に,“装置の製作方法の習得”の項目が続く.描記装置の作り方によっては上下装置が干渉し合ったりして,咬合採得が的確に行えなかったりするものだが,Q&A欄でもより良くトレーサーをハンドリングする臨床ヒントがたくさん挙げられている.実際の描記法や下顎誘導法については,記録,見方それぞれの手順がステップに沿って解説され,少し時間をかけて精読したい点である.

 そして“Go-Aの描記図の読み取り方”である.タッピングポイントとアペックスの相互関係から,あるいは図形に現れる異常の意味をどう判断し,以後の調整をどう進めるか? これはとても興味深く,自分の臨床と重ね合わせながら,まさに目から鱗が落ちる思いであった.このような実際例からの考察は圧巻であり,長年にわたり多数のGo-A経験と術後経過を検討してこられた著者にしか解説できないように思う.

咬合離れの時代に意義ある一冊

 昨今,咬合離れの風潮が気になっていた.咬合支持の要素は常に欠損歯列の場面で登場するが,咬合は特に取り上げられることなく,補綴処置や術後経過が語られることが多い.しかしながら,咬頭嵌合位を充実させ,下顎位を安定させることは,歯科治療の原点である.

 一方,目にすることができない顆頭位については,理論でも,臨床においても,それに一度も思いを巡らすこともなく,一生を終える歯科医も少なくないだろう.それで済むのも歯科の一面.年々,新たなものが登場し,それを取り入れるために,大切な何かを捨てているのかもしれない.咬合もその一つの分野なのだろう.

 そんな時代であるからこそ,本書の登場の意義があるように思う.より良い補綴治療,咬合の構築を目指される臨床家において,下顎位を診る目の向上,手技のステップアップを図るには,他にはない一冊である.


PDF版

 

シェアする

このエントリーをはてなブックマークに追加